http://www.fklab.net/
http://www.keio-up.co.jp/kup/camp/index.html
加藤文俊研究室の作品は、人びとのコミュニケーション過程を理解するとともに、関係性を可視化する方法を検討します。|慶應SFC XD展 2011
http://sakainaoki.blogspot.com/2011/04/sfc-xd-2011.html
http://www.fklab.net/
http://www.keio-up.co.jp/kup/camp/index.html
http://sakainaoki.blogspot.com/2011/04/sfc-xd-2011.html
http://designthinking.dangkang.com/
http://www.asahi.com/national/update/0803/TKY201108030508.html
秋田竿燈(かんとう)まつりが3日、秋田市で始まった。五穀豊穣(ほうじょう)を願う祭りだが、今夏は東日本大震災からの復興への祈りも込める。6日までの期間中、被災者ら1640人を招待する予定。この日は岩手県宮古市の親子連れらと、秋田県内への避難者計500人を招いた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%BF%E7%87%88
竿燈(かんとう)は、毎年8月3日 – 6日に秋田県秋田市で行われる祭り。正式名称は「秋田竿燈まつり」。
重要無形民俗文化財に指定されており、青森のねぶた祭り、仙台の七夕まつりと並んで東北三大祭りの1つとされる。
http://www.kantou.gr.jp/index.htm

Article:近代住宅の終焉とコミュニティデザイン
http://www.asahi.com/housing/column/TKY201108040199.html
近代住宅という近代的な暮らしの「器=モノ」の出現が、近代国家を成立させる最小単位としての近代家族を誕生させたのである。近代国家を維持、成長させていくには、健全な労働力となる近代家族が必要不可欠だったからだ。近代住宅は、近代家族を再生産する建築装置としてデザインされたといっていい。日本の場合、20世紀後半のおよそ半世紀間、近代住宅は夢のマイホームへと変身し、投資の対象にもなり、それはみごとに有効に機能してきた。それが、いま終焉をむかえようとしている。
Cabrini-Green’s last high-rise, 1230 N. Burling, is being demolished, starting on March 30, 2011. Project Cabrini Green is a public art installation created with the community in response to this event. Click on the apartments above to explore the audio/texts created by youth who attended the project workshops. Texts are available on both sides of the building.
http://www.projectcabrinigreen.org/index.php
Ed Bennet of School of Art Institute of Chicago
http://www.saic.edu/
http://labs.ideo.com/2011/07/27/an-exquisite-corpse-experiment/
http://www.asahi.com/travel/news/SEB201107290068.html
若戸大橋を照らす「光の花」――。北九州市若松区で29日夜、約4千発の花火が打ち上げられ、戸畑区との間の洞海湾を染めた。
この日始まった若松みなと祭りの「くきのうみ花火の祭典」。市によると、例年は45分間の打ち上げ時間を今年は5分短縮。浮いた経費や祭りの会場で集めた義援金を東日本大震災の被災地に送るという。最終日の31日はチャリティーライブもある。

川!山!路地!商店街!店!廃屋!
http://muralarts.org/explore/projects/light-drift-0
————————-
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/photo.php
こういうのが すでにある。
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=470
こういうのもある
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=534
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=582
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=584
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=557
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=539
ジャネットカーディフ
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=434
こういう場所も魅力的さがしたい
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=491
これすごい
てらすのではなく
はいりこんでいる
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=323
見えないが、あるもの
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=304
すごい。人の力の積み重ね。
人を信じる気持ちになれそうな作品。根源的。
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=592
家とはどういう場所か
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=551
展望台からみえる、とおくに。
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=477
夜間推奨の作品
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=063
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=565
自然の音をきく
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=436
*
ずっと光って照らしているのではない。
安全のためではない。
場所と人、人と場所の間のやりとりのための光
最初の光は、見てほしいという場所からのことば
ふたつめの光は、見たいという人からのことば
みっつめの光は、微笑みとひとつになる場所と人のことば
*
キーワードとして、”かつて~だった場所”というのも多いな。
時間の経過、なくしたものを思い出すもの、変化を見るもの。
空家の活用も多い。
記憶と記録、
その変化まで扱うことになったプロジェクト
http://www.echigo-tsumari.jp/artworks/index.php?id=498
(たとえば)空家に”ただいま”と微笑むと、呼び返してくれるもの。(実際はそこの元住人にヒアリングするが)そこであった人間のいとなみを追体験するもの?空き家への無意識な蔑視から、失われた暖かさへのノスタルジーへいっきにもってゆく。
*
2012年では商店街も応募対象だが、過去の例には商店街がない。
どんな商店街なのか?
使われているのか?さびれているのか?
質問しないとわからないだろう。
*
現地にはゆけていないが、しかし、
できるかぎり簡潔な質問で情報を集めて、
想定をしながら、”どのようにアプローチするのか”を、たとえばの案とともに提示する。
アプローチのスケジュールも説得力のためには必要だ。
*
コンセプトが同じで
実現方法が違う案も考える
遠くに見える塔、実はそれがみえるあぜ道の十字路に向けて集音機が
むけられていて、人の声に特有の周波数に反応して、明かりがつく。
まだ、’よびかけると、こたえる’というイメージしかない。コンセプトになっていない
*
どこからでもみえる丘のてっぺんに、明かりがある。
商店街のまんなかのちょっとくらくなった広場でもよい。
この明かりに電話をかけられる。話す声の大きさとトーンによって光がまたたく。
誰かがそこで聞いているかもしれない
場所は、時々移動する。ちょっとびっくりする。(どこに移動するのか、住民と)
誰にも言えない?話すあいてがいないが、話したい?
緊張を緩める弱い力の結び目
*
昼のうちは充電していて、たまった電気を使い果たすと終わってしまう。
(自然に押しかけないかかわりかた)
from Kobayashi-san, May 6th, 2011